以前、小学生の頃は「科学少年」であったと書いたと思うが、その傾向は中学に入っても変わらなかったと言える。

ただ、確か中学を卒業するあたりの時期だっただろうか。道端で、見知らぬ青年たちと立ち話になってしまったことがある。
今にして思えば、それは宗教か何かの勧誘だったのかもしれない。

この世界の有り様に関して、青年の一人が何やらごちゃごちゃと言ってきた。当時の私は、そんなものは「原子や分子で世の中の現象はすべて説明できるし、技術を使えば、どんなものでも好きなように作ることができる」と強弁した。

今思えば、若気(わかげ)の至りというべき傲慢さだったが、当時の自分はそのことに微塵も疑問を持っていなかったのだ。

しかし、次の瞬間だった。 「君の言うその原子や分子は、一体誰が作ったんだい?」 そう問われたとき、私ははたと答えに窮してしまった。

誰が作ったかはともかくとして、「どうしてそれらが現に存在するのか」について、科学は何も説明していないではないか。――こいつらは、一体どうしてそんなことを考えているのだろう。

その場ではそれ以上深入りせずに別れたものの、私の胸の中には、割り切れない大きな疑問が澱(おり)のように残った。

その奇妙な割り切れなさを抱えたまま、私は高校での進路選択を迎え、迷うことなく「理系」を選んだ。幼少期からの「科学少年」としての慣性もあったし、周囲からもそれが当然だと思われていたからだ。

しかし、いざ理系の専門的な授業が本格化していくにつれ、私の心は皮肉にも、科学から少しずつ離れていくことになる。

教科書を開けば、そこにあるのは美しい世界の真理ではなく、厳密に記号化された数式や、無機質な法則の羅列だった。「どうして世界がここにあるのか」という、あの道端で投げかけられた根源的な問いに対して、高校の物理や化学は何も答えてはくれなかった。それどころか、科学が扱っているのは、世界が「なぜ」そうなっているかではなく、単に世界の「どのように」機能しているという現実を、突きつけられているような気がした。

関心を失ったことで、机に向かう気力も薄れていったのだろう。かつては得意だったはずの科目の成績も、引きずられるようにしてそれなりに落ちていった。結局、高校卒業後は、一年の浪人生活を経て、かろうじて大学に滑り込むのがやっとだった。

そして大学二年の秋、私たちは自分の進むべき専門コースを選択する時を迎える。

私が選んだのは、「電子工学」だった。

だが、それは決して「いま、それに強い興味があるから」という前向きな理由からではなかった。かつて科学少年だったあの頃、確かに自分の中に存在していたはずの「興味の残骸」――それを頼りに、過去の自分に対する義理を果たすかのようにして下した、後ろ向きの選択だったのである。

科学という一人の親友を失った。とその時は思った。ただ、それから長い年月を経て、最近、ハクショウという名の恩人に巡り合ったとき、それが失われていなかったことに気づくのであるが・・・