ラキを助けるための長い旅の後
ようやく再会を果たすことのできたレイであったが・・
地下へ続く長い通路は、やけに静かだった。
靴音だけが、自分の存在を確かめるように反響する。
十年。
その時間の重みが、今さらのように胸に落ちてくる。
レイは、孤独だった。
研究に没頭し、気づけば誰もいなくなっていた。
最後に会おうと思ったのは、逃げではなかった。
せめて、彼がどこにいるのかだけでも知りたかった。
そのために、レセプターを作動させた。
それがすべての始まりだった。
微かな接続。
ラキの心の震え。
それは最初、懐かしさだった。
だが次に伝わってきたのは――不安だった。
強い、切迫した揺らぎ。
世界が壊れかけている、とでも言うような焦燥。
レイは凍りついた。
ラキが危険の中にいる。
そう信じた瞬間、他の選択肢は消えた。
そして今、測定室の扉が静かに開く。
白い光に照らされて、ひとりの男性が立っていた。
十年ぶりなのに、すぐにわかった。
「……ラキ」
彼女が振り向く。
その目に浮かんだのは、驚きではなく――
確かめるような、静かな認識だった。
「レイ……?」
声は、昔と変わらない。
けれど、その奥に硬い緊張がある。
二人の間に、十年の空白が横たわる。
言いたいことは山ほどあった。
謝罪も、後悔も、笑い話も。
だが最初に出た言葉は、別のものだった。
「ここ、危ないんだろ」
ラキの眉がわずかに寄る。
「……測定値が歪んでる。説明がつかない」
その言葉に、レイの胸が締めつけられる。
やはりそうだ、と。
だが、ラキの瞳の奥にあるのは、世界の終わりへの恐怖ではなく、
ただ――研究者としての純粋な不安だった。
その微妙な差異に、レイは気づけない。
なぜなら、ラキの不安は、レセプターを通して増幅され、
彼女の中で“世界の危機”へと姿を変えていたからだ。
「一緒に逃げよう」
十年ぶりの再会で、レイが差し出したのは手ではなく、退路だった。
ラキはゆっくりと首を振る。
「逃げない。ここで確かめる」
その静かな決意は、昔のままだった。
二人の距離は、ほんの数歩。
それなのに、どうしようもなく遠い。
ラキは操作卓に向き直る。
「出力を上げる。再測定する」
レイはその背中を見つめる。
やっと会えたのに。
十年ぶりなのに。
触れることもできない。
世界が壊れるかもしれない――
そう信じているのは、自分たちだけかもしれないのに。
レイは静かに息を吸う。
ならば、彼と同じ場所に立つ。
そして。
地下実験室。空気は張り詰め、壁の振動すら微細に感じられる。
レイはレセプターの照準を、粒子加速器で異変を示した量子に合わせた――
世界は白い光に溶けていった。
視界も音も、触れるものもなく、ただ、自分とラキの存在だけが漂う。
胸の奥で、世界の鼓動が伝わる――どこか遠くで、誰かの心が震え、光を放っているような感覚。レイは息を呑み、手を伸ばす。届かない。けれど確かに、ラキの心が、世界の波の向こうで揺れている。
世界の色が消え、形がなくなったその中で、レイにはわかる。世界がどうなるのか、どこへ向かうのか――それを読むのは、科学ではない。世界の心の流れを、レセプターを通して感じることによってだけ知ることができるのだ。
声は出ない。けれど、心の奥で、彼女に向けて想いが届く気がした。
世界は危うく揺れながらも、まだ壊れてはいない。
光の中で、二人の心はほんの一瞬だけ重なり、確かに存在を認め合った。
その瞬間、レイは理解する。
終わりとは、奪われることではない。
削ぎ落とされることだ。
余分な時間も、誤解も、孤独も、
すべてが白い光に溶けていく。
残るのは、ただ、
彼とつながろうとした最初の願いだけ。
ならばこれは、喪失ではない。
長い遠回りの果てに、
ようやく辿り着いた地点。
光は静かに広がる。
そしてレイは、
これが終わりであることを受け入れる。
――待ち望んでいた古きものの終わりであることを。