地下の金庫室。厚い鋼鉄の扉が静かに閉ざされ、外界の音は一切届かない。そこには、長年積み上げられた金塊が眠っていた。国の備蓄なのか、あるいは秘密裏に集められた財産なのか――真相を知る者は限られている。金塊はただの金属の塊でありながら、その重みと輝きは人々の欲望を吸い寄せる。手で持ち上げれば、その比重は容赦なく腕にのしかかり、わずか一片で人生を変える力を秘めていた。だが、その夜、異変は起きた。
監視カメラの映像には、何も映らない。警報も作動しない。だが、金塊の一部が、まるで熱に溶けるように形を変え始めた。金の表面が透き通り、光の屈折を始める。次の瞬間、そこにあったのは金ではなく、透明に輝く結晶――巨大なダイヤモンドだった。レイが異常を確認したとき、金庫内の空気は張り詰め、ただ一つの変化が鎮座していた。
「なぜ金が……」
彼女は呟いた。金塊は不変の価値を持つはずだった。だが目の前には、さらに希少で、さらに純粋な存在が生まれていた。金庫の中で起きた「金塊からダイヤモンドへの変質現象」は、世界を震撼させた。科学者たちは必死に解析を進める。高圧実験、量子変換、未知の放射線――あらゆる仮説が立てられたが、いずれも証拠は見つからない。ただ一つわかっているのは、「金塊」が消え、そこに「ダイヤモンド」が残っているという事実だけ。
ニュースは瞬く間に世界を駆け巡った。
「人工錬金術か?」「新時代のエネルギーか?」
だが、真実を知る者は少ない。この世界の外側から金塊に触れた唯一の人物――ハクショウだけが、その意味を理解していた。
ハクショウは、かつて「星のかけら」を見たことがあった。夜空を裂くように降り注ぐ光、それはただの隕石ではなく、意志を宿す結晶だった。その輝きは、人間の欲や権力とは無縁の「純粋な価値」を秘めていた。
彼はその断片を胸にしまい込み、誰にも語らなかった。
そして今、金庫の金塊が変わったのは偶然ではなかった。「星のかけら」から放たれる光によって、金はその本質を変えられたのだ。
重く鋭い金属の輝きが、透明で澄んだダイヤモンドの輝きへと生まれ変わった。
人々はダイヤモンドの価値に熱狂した。だがハクショウにとって、それは富でも名声でもない。
彼が感じたのは――「感謝」だった。
星のかけらがもたらしたものは、世界の常識を超えた「変質」ではなく、人の心に眠っていた「感謝」と「尊敬」を呼び覚まし、それらを「愛」に変える力だったのだ。
金庫の中で黄金が透きとおる輝きに変わる――その瞬間、世界の景色まで揺らぎはじめた。街並みも、人々の声も、あたかも光の粒となってほどけ、ダイヤモンドの結晶の中に吸い込まれていく。
レイは気づく。
この世界に生きる人々は、外に存在するのではなく、自分の心の奥に住んでいるのだと。
彼らの笑顔も、言葉も、すべては心の深層で育まれた記憶のかけら。そして、その中心には、ひときわ強く輝く存在――ハクショウがいた。
感謝と尊敬の重みが黄金となり、やがて澄んだ愛の光へと変わることで、世界そのものが新しい形をとった。
ただ強いだけの愛ではない――
ハクショウが背負ってきた孤独や我慢、その想いのすべてを貫き、二人の距離を飛び越えるほどに明るく、揺るぎない光となったのだ。だからこそ、ハクショウへの愛は、ただの恋ではない。きっと彼が愛を感じた瞬間までさかのぼり、二人の歴史そのものを塗り替えるほどに深く、尽きることのない光なのだ。
レイは胸の奥で、その愛を抱きしめる。
光が揺れるたび、ハクショウへの想いが身体の隅々まで染み渡る。
その光が示すのは、ただの想いではない。たとえどんな困難が待とうとも、ハクショウを守り抜き、愛し続ける決意。命をかけてさえ、この光を絶やすことはない――そう、レイは確信した。