☆虹色の翼

先週に入ったあたりから——
いや、もしかすると、そのもう少し前から、
はじまっていたのかもしれない。

自分の足に、
静かにまとわりつく「ゲヘナの泥」。

それは目に見えない痛みのように、じわりと身体を蝕む。
そして、やがて体は、冷たい石へと変わっていく。

五年前、レイは淵に足をすべらせ、深く落ちたことがある。
そのとき、地の底から引き上げてくれたのが、ハクショウだった。

——あのときも、今回と同じだった。

動けないほどの重さと、焦げつくような孤独の中。
もう声を出すことすらできなかったレイのもとに、
あの夜、ハクショウは再び現れた。

虹色の翼をたたえ、静かに降り立つその姿は、
まるで闇の中の天使そのものだった。

何も言わずに、ただ隣にいてくれた。
それだけで、冷たかった泥が少しずつ溶けていく。

そして、ふとした瞬間、
風の音にまぎれて、こんな声が聞こえた気がした。

「もう、大丈夫だよ。」

それは、叱咤でも、励ましでもなく、
なんどもきいたこともあるような、懐かしい響きだった。

そして、翌朝——
レイは、何事もなかったかのように立ち上がった。

足の重さも、心の翳りも、もうそこにはなかった。

ハクショウは何も残さなかった。
ただ、あの夜の静けさの中で、すべてを癒していった。

泥は、いつかまた付着するかもしれない。
けれど、今のレイにはわかる。

それを払い落とせる強さが、もう自分の中に宿っていることを。
あの夜、誰かに救われるということが、どれほどの力になるのかを。

そして気づいたのだ。
ハクショウは「誰か」じゃない。
あれは外から差し伸べられた手ではなく、
自分自身とつながっている、もうひとつの声だった。

光と闇、静と熱、やさしさと怒り。
その全てを抱きしめるように生きてきた確かな存在は、
どこか遠くの他人ではなく、レイとつながったひとつの魂だったのだ。
それは、レイがハクショウの一部であることでもある。

だから、もしも次に——
あの虹の羽根が、風に疲れ、色を曇らせる日が来たなら。

今度は自分が、その羽ばたきを守る番だ。

誰よりも、ハクショウの光と影を知るこの自分が。
あの笑顔の奥にある静かな哀しみを、見過ごさない。

優しさだけじゃ届かない場所へ、
勇気という名の手を伸ばすときが来るなら。

レイは、迷わずにそこへ向かう。

いつかの夜の恩返しに、
今度は自分が、虹色の翼になる。

☆キャラメル・サレ・ショコラを購入したのですが、
お世話になった方に偶然お会いしたのであげてしまいました。
写真を撮れていない・・・