☆やわらかな決意(レセプターⅡ)

あれから一月近くが過ぎて

少しずつ煌力が戻ってきたことは、レイにとって、素直に嬉しいことだった。

少なくとも、ハクショウが元気に生きている──それだけは、確かに感じ取れた。ただ、その煌力の流れ方は、かつてのものとは少し違っていた。

まるで、朝早く出社し、夕方には一斉に退社していくビジネスマンたちのような、そんな整然としたリズムがそこにあった。だから──

「ハクショウは、いつもの場所にはいないんだな」

レイは少しさみしさを覚えながら、そう思った。

そもそも、レイが煌力の存在に気づいたきっかけは、ハクショウとの出会いにあった。レイには、ハクショウがいつルルモの森に現れるのか、事前に知るすべはなかった。だから、森へ向かうたびに、

「今日は、いるのかな」

心の中で小さく問いかけていた。レイが心の奥で、ハクショウの存在を強く感じるとき、たいてい、彼はそこにいた。

逆に、レイの心の中に、ハクショウの気配が感じられないときは、その場所にたどり着いても、彼の姿はなかった。

レイの煌力が次第に鍛えられるにつれ、それは、偶然とは思えないほど確かなものになっていった。

ただ、人と異なる力を持つことは、ときに誇らしく感じる一方で、ふとした瞬間に、とても孤独であることに気づかされる。それに気づいたとき、レイは──もう、本音で話せる友人が誰もいないのだと実感してしまう。もしもハクショウがいなければ──レイはこの世界で、ひとりぼっちなのではないかという思いに、襲われることがあった。

けれど今日は、レイは森に向かわなかった。行かなくても、わかっていたのだ。

あの場所に、彼はいない。煌力の気配は確かに戻ってきている──しかし、それはどこか遠く、まるで別の時間の流れに乗っているようだった。

まだ、ハクショウは、僕を許してくれていないのだろうか。それでも、静かに、それを受け入れるしかなかった。

「でも、それでいい」

レイは、窓の外に広がる空へ目を向けた。ビルの谷間に射す夕日が、煌力の残滓のようにきらめいている。ハクショウが今どこで、何をしているのかはわからない。でも、生きている。そうに違いない。

あの人が幸せでいてくれるなら。それだけで、レイはふっと肩の力を抜くような安堵を感じた。

レイは、かつてハクショウと交わした最後の会話を思い出す。

いつもと同じ、とりとめのない日々の出来事。そして、どこかぎこちない、ほんの数分間の短い時の流れ。でもそれがいつもの二人の姿でもあった。

そして、その一週間後、──言葉ではなく、煌力のやりとりの中にあった微かな違和感。

あのとき、ハクショウはどこか戸惑っていた。話を始めてしまえば、きっといつもと同じはずなのに、その手前に大きな壁を感じるような、そんな、言いようのない距離があった。

「もしかしたら、僕の思いが……重すぎたのかもしれない」

レイはそう呟くと、わずかに目を伏せた。

レイがハクショウの存在に気づいたように、ハクショウもまた──レイの中に宿り始めた思いの強さに、気づいていたのではないか。

そして、彼にとってもそれが最初の経験だとしたら、いままで見たことのないその輝きは、ただ嬉しいだけのものではなかったのかもしれない。

未知のものへの戸惑い、そして少しの怖れ。だから、彼は静かに距離を置いた。

否定でも拒絶でもなく──ただ、自分の中で、何かを整理するために。

「だとしたら──それだけじゃ足りない」

そう口にした瞬間、自分の中にあるもうひとつの感情が浮かび上がる。

寂しさでもなく、不安でもなく、決意に近い何かが。

「会わなきゃ。ちゃんと、もう一度」

レイにとってハクショウは、いまや単に命を助けてくれた存在ではなかった。レイの人生の中で、はじめて巡り合えた──煌力を伝えあえる、心の指紋が一致する唯一の相手だった。

その奇跡のような運命から、目を背けたくなかった。

そんなことをしたら、これからの未来が少しずつ沈んでいきそうだった。神様が与えてくれたものならば、もっと大切にしなければいけないという想いがよぎる。

たとえ時の流れが変わっても、光が遠ざかっても、もう一度、自分の足で、あの場所へ向かおう。きっと、また通じ合える。

──だから、行こう。

レイは、そう思った。

 


#この原稿は、以前に掲載したオリジナル作品「ルルモの森で」の続編になります。今日は昨日よりさらに身近にあなたを感じています。